COTOPICS コトピックス
vol.72014年9月号
対談:山田松香木店 山田洋平 × 当社代表取締役 川口聡太(1/3)
- 山田 洋平
- 株式会社山田松香木店 専務取締役。1976年生まれ。立教大学経済学部卒業後、大手電子機器メーカーへ勤務。早稲田大学ビジネススクールを経て、2008年山田松香木店入社。寛政創業の老舗を継ぐ者として、稀少な香木、そして香の愉しみを後世に伝え残すため精力的に活動している。
このコーナーでは、京都の伝統文化を担う方々へのインタビュー特集をお届けいたします。文化と人々を繋ぐため、後世へ残していくために何を考え、感じ、活動されているのかをお伝えしていきます。
今回ご登場いただくのは、山田松香木店 山田洋平専務と、当社代表 川口聡太の対談をお送りいたします。
梅雨も過ぎ去り、祇園祭の喧騒でにぎわう7月中ば。京都市上京区、御所の息づかいを感じられる山田松香木店本社の一室で、山田専務と川口の対談が始まった。
川口「卒業後、すぐにこちらへお勤めになったんですか?」
山田氏(以下、山田)「いえ、いったん電機メーカーに就職しました。20歳くらいの時、父から『お前に家を継いで欲しい』と初めて言われまして。『それまでは何をしていてもいいから、30歳くらいまでに戻ってきて欲しい』って。ですので、まずは自分のやりたいことをしようと思いまして。昔からコンピューターが好きでしたので、システムエンジニアの道に入りました」
川口「どんなお仕事に関わられていたんですか?」
山田「工場の生産管理システムや在庫管理システム、企業の受発注システムといった基幹システムを中心にやっていました。企業の根幹を担う仕組みづくりを行うために、お客様の業務を実際に拝見させていただいたこともあります。これが戻ってきて役に立ちましたね。香のものづくりの部分はそのまま残し、受発注や在庫管理もほとんど手書きでやっていたところを改善していきました。創業以来、うちの会社って本当に生真面目に、一途にものづくりに打ち込んできたので、そこらへんの整備が後回しになっていたんですね。入社したてで自社の工程が頭に入っていない時期だったので、私の勉強にもなりました」
川口「なるほど。他にも、老舗を経営していく上で、社会に出て学ばれたことはありますか」
山田「そうですね、退職後に実はすぐにこちらに戻らず、早稲田大学ビジネススクールでMBAの勉強をしたんです。そこで経営を体系的に学んだのですが、やはり知識と実際の経営は別物ですから、実践で学ぶことのほうが多かったですね。ただ、勉学以上に経営者や起業家に囲まれる環境で、経営への熱意やモチベーションを受け取れたのが大きなことでした」
香道って何? ~香りのルーツとあれこれ~
川口「お香については、京都に戻られてから一から勉強された?」
山田「うーん、意識して学んだのはそうかもしれないですね。とはいえ、昔から店と家が一体になっているような環境で育って、祖父が香木の加工をするのを眺めたり、遊びの中で香りに触れることが多かったですね。この本店も以前は祖父母の家で、よく遊びに来ていました。玄関に大きな炉があって、お客様がこられる時に香を焚いていたのですが、小さい時はそれで遊びたくてね。ある日、香木をぽいぽい入れてもくもく煙を出して喜んでいたら、すごい剣幕で父に叱られたことがあります(笑)今考えると相当良い香木でした。金やプラチナよりはるかに高価だったかもしれません」
山田「そうですね、お客様にもよく仰っていただきます。ただ難しいのが『今漂っている香りを下さい』というご注文でして」
川口「作るのが難しそうな注文ですね(笑)」
山田「難しいというか、いろんな製品の香りが混じっているものなので不可能なんですよね。今この場所でしか聞くことができないんです。だから、ぜひもう一度お越し下さい、とお願いしています」
川口「ああ、『匂う』ことを『聞く』とおっしゃるんですね。なんだか上品な言葉ですね」
伽羅の香木
川口「お香を聞いて価値を判定する、香りの鑑定士資格のようなものってあるんですか?」
山田「日本の香りにはないんです。その香を聞いた方の主観が基準となり、価値や名前を付けます。香木も同じですね、見た目や香り、産地等々で総合的に判断します」
川口「お香は、木片を削って聞くのですか?」
山田「温めるんです。こうして・・・(香炉で実演)香灰の中に炭が入ってまして。こうして聞いていただければ」
川口「ほお…これは何の香木ですか?」
山田「伽羅(※1)というものになります。ベトナムの一部でしか産出されない木の、そのまま100%自然な香りです。香木というのは木や根の樹脂が特別な条件で溜まり、数十年、数百年熟成されてこういった不思議な形になるんです」
川口「香木って東南アジアからはるばる日本まで伝わってきたものなんですね」
山田「そうですね、もともとは仏教伝来と一緒に日本へやってきたと言われています。面白いことに、日本で育まれてきた文化なのに、我々が取り扱っているものには国産のものがないんです。日本独自の和アレンジが施された文化といいますか、そこが面白いところですよね」
川口「そうなんですね。お香の原料は植物が多いのですか?」
山田「動物性のものもありますよ。例えばこれ、麝香(じゃこう)。鹿の内蔵からできるものです」
川口「(嗅ぐ)・・・!!!」
山田「すごい香りでしょう(笑)でも、保香効果を高める働きをしたり、薄めてシャネルの香水なんかにも使われているんですよ。ほかには、薬に使うものも多いですね。香木も薬の一種なんです」
山田松香木店本店に残る薬箪笥
川口「あ、店舗のほうに薬箪笥があったのは・・・」
山田「うちはもともと、薬種を取り扱っていたんです。香木も薬種の一種なんですよ。それで香木を小分けにして保存するのに、薬箪笥がちょうどよかったんですね。その名残であり、うちのルーツなんです」
川口「そうだったんですね。薬とお香が近しい関係だったとは意外です。・・・ところで先ほど聞かせていただいた香木、今表面がぐつぐつ煮立っているような感じになっていますが・・・」
山田「その部分が樹脂です。この香りが、ガスクロマトグラフィーといった香りを分析する最新機器にかけても、完全に同じ香りを再現できないんです」
川口「雰囲気も含めてその香りを形成するから・・・という意味ではなくて、ですか?」
山田「いえ、計測された数値通りに配合しても同じにならないんですよ。同じ香木でも、木片を取る場所が違えば香りが変わることだってある。まだまだわからないことが多い、そこが香の神秘的で奥深いところだと思います」
川口「ちなみに、今日の伽羅は山田専務が表現されるなら、どんな香りですか?」
山田「そうですね・・・『甘酸苦』あたりでしょうか」
川口「かんさんく?」
山田「香を聞く際に、一つの目安とされている『五味』という表現方法なんです。『甘、酸、辛、鹹、苦』。甘い。酸っぱい、辛い、塩辛い、苦いという5つの味覚で香りを表したものですね」
川口「塩辛い香り、といいますと?」
山田「海辺の、潮の香りのような感じですね」
川口「ああ、なるほど!そんな香木もあるんですね。いや、勉強になります」
(※1)伽羅…樹木内の樹脂が熟成されてできた香材「沈香」の中でも最上級のもの。金以上の価値を持つとも言われる。