COTOPICS コトピックス
vol.162021年11月号
対談:楽焼 長樂窯次期4代 作陶家 小川裕嗣×当社代表取締役 川口聡太(3/3)
自由にやりたいことを重ねつつ
心を育む日々の習慣を次代へも
川口「小川さんご自身は、今後どのような作品を作っていきたいとお考えですか?」
小川「実はまだ、決まった方向性はないというか、言語化が難しいですね。その前にやってみたいことが多すぎて…」
川口「ははは、これまでのお話でもそれはよく分かります!」
小川「43歳になりましたが、世間一般ではいい大人でも、やきものの世界ではまだまだ若造。もうしばらくやりたいことができる立場なので、いろんなチャレンジをしていきたいんです。とはいえ、長樂を継ぐまでには自分の作風は確立したいと準備はしています。4代目を継いだら『小川長樂』らしい作品への期待もかかるでしょう。ただ、その期待を越えた新しいものを発表していけるようにならないとこの先は続いていきません。長樂窯の歴史はまだ3代、百十余年です。何百年も続いているところと比べたら、全員が『自分が初代だ』と思うくらいの気概でいなければ」
川口「まだまだ切り開いていく時期なのですね」
小川「一方で、全く新しいものが淘汰されずに後世に残るのはとても難しいことです。初代も師から学び、そのまた師も師から学び…と、数百年連綿と続いてきて今がある。受け継いできた技術や思想は次代に繋げたいですし、新しいものづくりはその知恵の集積から生まれる。古きよきものと新しいものが同じベクトルでいてこそ、後にも残るものが生まれると思っています。私もいろんなことに挑戦してみたいけれど、全ては、人と自然と時と場を繋げ、価値観を共有する茶の湯の世界に還元していきたい。楽焼=今焼(※3)を作る、茶わん師であることを軸に置いていきたいですね」
川口「なるほど。次代に継いでいきたいものとは、具体的には?」
小川「まず、土ですね。これは使命です。我が家では土を、掘ってから20~30年は雨ざらしにするんですよ」
川口「そんなに長く!」
小川「そうして土の中の不要な有機物を流し、天日に乾かして保存します。それから土を粉砕し、ふるいにかけて水を加え、こねてやっとやきもの用の陶土になります。もちろん制作途中で削ったものも戻し、余すことなく継ぎ足して使います。今私が使っている土は初代や祖父が探してきた土で、父や私が見つけた土は息子や孫のためのものです」
川口「見ておられるスパンが全く違いますね。数十年先のやきものの準備がもう始まっている」
小川「そうですね、大地の恵みは有限で巡り合うもの。つなぎ積み重ねるためには手を抜けません。それから、日々の習慣は伝えていきたいです」
川口「習慣、ですか?」
小川「はい。正月三箇日、窯や仕事場の神様へのご祈祷、恵方に向かっておこなう初仕事、祥月命日やお盆、愛宕山の火の神様へのお参り、御火焚祭…家族で行う小さな行事ですが、お茶のための器を作り、火を扱う我が家には大切なものばかり。私も昔から当たり前のように参加しています。職住一体の環境で子どもながらに経験することで、自然への畏怖や、細部に神様が宿るのだと実感できるようになるんですね。ものをつくる以前に、心を育み芯をつくるために習慣は大切なことだと思っています。ですから途絶えないように、息子にも継いでいきたいですね」
お暇する前によちよち歩きの息子さんにもお会いした。小川氏が仕掛けつづける現代の楽焼の表現はもちろん、
無邪気な手に長樂窯を繋いでゆくバトンが渡される日もまた、楽しみになった。
※3 楽焼が生まれた桃山期当初には、今焼かれた茶盌「今焼」と呼ばれ、時代に呼応した新しい価値観を生み出していた
取材・文 鈴木 茉耶
撮影 佐伯 直哉