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2014年6月号

きょうの架け橋~今と未来を生きる京文化~

対談:聖護院八ッ橋総本店 鈴鹿可奈子 × 当社代表取締役 川口聡太(2/4)

「この商品は、100年続きますか?」

聖護院八ッ橋総本店 鈴鹿可奈子

川口「聖護院八ッ橋総本店に入社された当初は、どのようなことをされていたんですか?」
鈴鹿「工場での研修のあと、初めは社内向きの仕事が多かったですね、仕入れの見直しや人事関係とか。あとは包装紙の変更などですね」
川口「鈴鹿さんが入社されてから、がらっと変わりましたよね」
鈴鹿「はい、『古都の春』シリーズが大きな変化でしょうか。お土産物なら、この季節に京都に行ったんだって思い出にしてもらえるものにしたくて、季節ごとに包装紙を変更したんです」
川口「あれいいですよね!私もよくお土産に使わせていただいています」
鈴鹿「ありがとうございます。でも、じつは始め社長(※1)や社内の方々は『中身を変えないのに包装紙だけ変えるのは大丈夫なんだろうか?』って懐疑的だったんです。実際に発売してみたら、お客様から『中身が同じだから安心して買える』っていう反応をいただいて、中身を変えないことが良かったんだなって」
川口「新しいことを生み出されているんですね」
鈴鹿「欲しいものを作っているだけなんです。でも『これをしたらお客さんも嬉しいんじゃないかな』っていう思いは根底にあります。実は『古都の春』の中に栞を入れているんですけど、ここに書かれているお話は連作の短編になっていて、私が書いているんです」
川口「ええっ、すごい!!」
鈴鹿「文章を書くのも好きで、ただ好きなことをさせてもらっているだけなんです(笑)最近になって、『続きが読みたくて買いました』って連絡が来たりして嬉しいんです」

聖護院八ッ橋

聖護院八ッ橋

川口「様々な取り組みをされる中で、やはり老舗企業として変えていいものと変えてはいけないものもあると思いますが…」
鈴鹿「八ッ橋の定義は、絶対に変えてはいけないと思っています。八ッ橋にしろ生八ッ橋にしろ、米粉と砂糖を混ぜ、にっきで香りづけする。ここは絶対に譲りません。例えば冷やして食べる生八ッ橋の開発には5年以上かかっているんですが、それは米粉を使用して、冷やしても固くならない生地を開発するのにかかった時間なんです。どれだけ開発費用がかかったとしても、崩せない根幹ですね。あとは、生八ッ橋の方が世間では有名になってきているので、生八ッ橋関連製品の方がよく売れるんですが、うちは生八ッ橋の餡の種類が少ない方なんです。さらに、もともとの八ッ橋が忘れられてしまわないようにしたいというのが聖護院八ッ橋総本店の考え方。『カネール』とか『霜の橋』とか、八ッ橋関連製品が多いのが特徴なんです」
川口「確かに我々一般市民が八ッ橋と聞いて連想するのは生八ッ橋です。でも、この八ッ橋が好きだとおっしゃる方も多いですよね」
鈴鹿「そうなんです。私も小さい頃はかたい!って言って、生八ッ橋を好んで食べていた時期があったんですけど(笑)それもあって、母が『カネール』を考えたんです。生地をとても薄く伸ばしてから焼いて丸めているので、ぱりぱりっとほどける口当たりです。若い方にはいいんじゃないかって母はアイスに刺してお出ししていましたね。最近ではご年配の方が、入れ歯でも噛めるって買ってくださるのを見ていると、私たちの想定から広がって商品が受け入れられていく様子が面白いですね」

川口「325年も続く企業では、何年単位で商品や物事を考えられているんですか?我々は10年、20年単位で物事を考えなければ…と思いつつ、1年ごとの勝負を繰り返している感覚ですが」
鈴鹿「経営面では同じですよ。今は変化の激しい時代ですから一年単位のことも多いです。けれど特に聖護院八ッ橋総本店の名で出す商品は、必ず『この商品は100年続きますか?』という問いかけを社長からされるんです。一過性の流行に乗って商品を出し引きしては、お客様の信頼を失ってしまう。だから新商品を発売するときは、100年続く普遍的なおいしさだと胸を張れるものしか出していません。ただ、逆に100年続く商品なんて、なかなか気軽にアイデアを出せるものではありません。その点はnikinikiでカバーして、どんどん提案してどんどん作ってもらえる場も社内的には大切にしたい、というマネジメントの考えもありますね」

(※1)社長…可奈子専務の父。聖護院八ッ橋総本店社長、鈴鹿且久氏。

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